この記事について
AIで作業時間が減ったあと、その時間はどこへ行ったのか。
正直に言うと、私の部署では最初、どこにも行きませんでした。空いたぶんは黙って既存の仕事に吸われて、気づいたら前と同じ忙しさに戻っていました。だから今は先に新しい予定を入れてから、時間を空けるようにしています。順番を逆にしないと、浮いた時間は消えるからです。
この「消えていく感覚」の正体を、まったく別の角度から言い当てていたのが本書でした。
『DIE WITH ZERO』はお金の本として読まれています。稼いだ資産を使い切って死ね、という主張です。でも読み終えて残ったのは、お金の話ではありませんでした。使われなかった資源は、それを稼ぐために使った時間ごと無駄になるという一点です。
これは金でも時間でも、そして経験や権限でも、まったく同じ構造をしています。
書籍情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール |
| 著者 | ビル・パーキンス |
| 訳者 | 児島 修 |
| 出版社 | ダイヤモンド社 |
| 発売日 | 2020年9月 |
| ページ数 | 280ページ |
| ISBN | 9784478109687 |
どんな本か?
本書のテーゼは一文で言えます。
「金を無駄にすることを恐れるあまり、私たちは人生を無駄にしている」
著者のビル・パーキンスは元エネルギートレーダーで、資産形成の側にいた人です。その人が「貯めるな、使え」と書いている点が、この本の説得力の出どころになっています。節約を否定しているのではなく、資産の最大化と人生の最大化は別の目的だと言っているだけです。
そして本書は、その別の目的のほうに9つのルールを与えます。
本書の核心 ― 経験は、あとから配当を払い続ける
記憶の配当(メモリー・ディビデンド)
本書でいちばん効いたのはこの概念でした。
経験には、そのときの楽しさだけでなく、あとから何十年も思い出として払われ続ける配当がある。だから経験への支出は消費ではなく投資であり、しかも早く投資したほうが配当を受け取る期間が長い。
言われてみれば当たり前なのですが、私たちはお金にだけ複利を認めて、経験には認めていません。20代でした経験は、40代でも50代でも思い出として配当を出し続けます。60代でした同じ経験は、配当期間が短い。
自分メモ: これは若手に何を任せるかの話にもそのまま乗る。20代で一度でも「自分で決めて外した」経験をした人は、その後ずっとその配当を受け取り続ける。逆に、決める経験を40代まで渡さなかった人には、配当期間がほとんど残らない。任せる時期を先延ばしにしているとき、私は元本ではなく配当期間を削っている。
やりたいことには賞味期限がある
ルール7がこれです。多くのことは「いつかやる」と思って先送りできますが、実際には体力・健康・同じ相手・同じタイミングが揃う期間には期限がある。
子どもと遊べる時期、体が動く時期、同じ仲間が同じ場所にいる時期。どれも金額では買い戻せません。著者はここを厳しく書いていて、老後のために貯めた金で買えるものは、若いときに買えたものと同じではない、と言い切っています。
ゼロで死ぬとは、計算ではなく設計の話
「ゼロで死ぬ」は挑発的な言い方ですが、本書は本当に残高ゼロを狙えとは書いていません。使われないまま残った資産は、それを稼ぐために働いた時間の分だけ、人生から引かれているという考え方の提示です。
そのための道具がタイムバケットです。人生を5年から10年刻みのバケツに分け、やりたいことを「いつのバケツか」で入れていく。すると、金額ではなく期限で優先順位がつきます。
自分メモ: これはチームの計画にもそのまま使える。うちは「やりたいこと」を優先度で並べていて、期限で並べていなかった。優先度で並べると、いつまでも2位以下が動かない。「これは今のバケツにしか入らないか」で見ると、順番が変わる。
本書の構成(全9ルール)
構成はシンプルで、まえがきのあと9つのルールが並びます。
ルール1〜3:先に使う、という思想
`ルール1 「今しかできないこと」に投資する`
`ルール2 一刻も早く経験に金を使う`
`ルール3 ゼロで死ぬ`
前半3つで本書の土台が決まります。ここで示されるのが記憶の配当と、貯蓄を無自覚に続けることのコストです。恐怖と惰性で貯め続けている状態を、著者は「自動運転」と呼んで批判します。
ルール4〜5:終わりを決めると、渡す時期が変わる
`ルール4 人生最後の日を意識する`
`ルール5 子どもには死ぬ「前」に与える`
ルール5がこの本でいちばん議論を呼ぶ部分だと思います。相続は本人が死んだときに発生しますが、受け取る側がそれを最も必要としている時期は、もっと前にある。だから渡す時期を自分の都合ではなく、相手が使える時期で決めよ、という主張です。
自分メモ: 読みながら後任育成のことを考えていた。私はいま、後任になってほしいメンバーに打診して「やりたくない」と返されている段階にある。渡すタイミングを、自分が退くときを基準に考えていた。相手が必要としている時期を基準にすると、渡すべきものはもっと前だった。権限も、死ぬ前に渡すものだ。
ルール6〜8:金・健康・時間の配分は年齢で変わる
`ルール6 年齢にあわせて「金、健康、時間」を最適化する`
`ルール7 やりたいことの「賞味期限」を意識する`
`ルール8 45〜60歳に資産を取り崩し始める`
若いときは時間と健康があって金がない。年を取ると金はあるが健康と時間がない。この非対称を前提に、純資産のピークを人生の終わりではなく45〜60歳に置くという具体的な提案が出てきます。
数字が入っているぶん賛否が分かれる箇所ですが、大事なのは年齢そのものではなく「ピークをどこに置くつもりなのか、一度でも決めたか」という問いのほうだと思います。
ルール9:リスクは若いほうが合理的
`ルール9 大胆にリスクを取る`
失うものが少ない時期にリスクを取るほうが、期待値が高い。年を取ってから取るリスクは、同じ大きさでも重い。ここも投資の話に見えて、実際にはキャリアと挑戦の話です。
AI時代に読む『DIE WITH ZERO』
浮いた時間は、貯金と同じように消える
本書の主張を時間に置き換えると、そのままAI導入の現場の話になります。
使われなかった資産は、稼ぐために働いた時間ごと無駄になる。
使われなかった時間は、削減するために払った労力ごと無駄になる。
AIで作業が速くなったあと、浮いた時間に何を入れるかを決めていないと、その時間は既存の仕事に吸われて消えます。しかも消えたことに誰も気づきません。残高が減っていないので、失敗として記録されないからです。
だから私は先に新しいことを入れてから、空けるようにしています。タイムバケットと同じで、空けてから考えるのでは間に合わない。
自動運転を止めるのは、判断基準を書くことだけ
著者が批判する「自動運転の貯蓄」は、判断基準を持たずに惰性で積み上げる状態のことです。
AIの使い方でも、まったく同じことが起きます。作れるから作る、速いから回す。これは自動運転です。私の部署でも、技術起点で作ったものは作った直後がピークで、あとは静かに風化しました。生き残ったのは、自分たちで業務を分析して課題から立ち上げたものだけでした。
AIは、自分の思考の解像度を映す鏡です。うまく動かないのは出力のせいではなく、こちらの判断基準が曖昧なだけ。ツールは買えますが、何を良しとするかは自分で書くしかない。本書が「金額ではなく期限で並べろ」と言うのと、構造は同じです。
渡せる範囲は、言葉にできた範囲と一致する
ルール5の「死ぬ前に与える」を、私はいちばん仕事の話として読みました。
AIに任せられる範囲は、判断軸と前提を先に渡せた範囲とぴたり一致します。人も同じです。渡していないものは、こちらが持ったまま止まっている。持っている側は損した気がしませんが、受け取る側の配当期間だけが削られていく。
専門性は、手渡すまで自分のものにならない。この本を読んだあとだと、そう思えます。
自分メモ: うちのチームでは、ミスが出たらルールを1行足すことにしている。あれは属人的な勘を「死ぬ前に」外に出す作業だった。自分が抜けたときに渡すのでは遅い。今いるうちに、渡せる形にしておくのが仕組み化の本当の理由なのだと思う。
こんな人におすすめ
- AIで時間が浮いたのに、忙しさが変わっていない人
- 貯蓄も昇進も順調なのに、何のためだったか答えにくい人
- 後任育成や事業承継を「いつか」で先送りしている管理職
- 40代で、これからの配分を一度決め直したい人
- お金の本を読み慣れていて、逆張りの主張を読みたい人
過去に書いた書評だと、この2本と地続きです。
「今あるものを守る配分」と「今しかできないことに賭ける配分」をどう決めるか、という問いは共通しています。
まとめ
本書の本質を一言にすると、こうなります。
資産の最大化と、人生の最大化は、別の目的である。
そして両者を混同していると、金は増えたのに使わずに死ぬ、という結末になる。著者が言いたいのはそこだけです。
個人的な学びは、これがお金以外にも全部当てはまることでした。使われなかった時間も、渡されなかった経験も、書かれなかった判断基準も、同じように使われずに終わります。残高が減らないので、失敗として記録されないだけです。
AIで速くなったぶんをどこに置くのか。育てたい相手に、いつ何を渡すのか。どちらも「いつか」では来ませんでした。
期限のあるものから順に並べ直す。それだけの本なのに、何度も立ち止まらせられました。
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