この記事について
直前に読んだ『エンジニアリング組織論への招待』で、「AIで作るのが速くなっても、最後に残る不確実性は人と人のあいだにある」という話を書きました。その流れで手に取ったのが、まったく毛色の違うこの一冊です。
著者の森武司さんは、元吉本の芸人。若手の大会で大差の負けを喫して引退し、4年間ひきこもりのニートになり、貯金ゼロ・高卒のまま幼なじみと起業して、11事業・年商146億円の会社をつくった人です。経歴だけ聞くと「すごい人の成功談」に見えますが、読んでみると中身はかなり地に足のついた「人を仲間にするための仕組みの本」でした。
書籍情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | スタートアップ芸人 ― お笑い芸人からニートになった僕が「仲間力」で年商146億円の会社をつくった話 |
| 著者 | 森 武司(FIDIA株式会社 代表取締役CEO) |
| 出版社 | ダイヤモンド社 |
| 発売日 | 2023年12月6日 |
| ページ数 | 296ページ |
どんな本か?
本書のテーゼを一言でいうと、「才能も学歴もお金もなくても、本気で一緒に走ってくれる仲間を増やせれば、人生は逆転できる」です。
著者はこの「仲間をつくる力」を「仲間力」と名づけ、ビジネスで一番大事なスキルだと言い切ります。前半は芸人時代からニート、家電量販店での勤務を経て起業するまでの半生。後半は、その仲間力を「仲間を集める」「見極める」「成長させる」「絆を深める」「顧客を仲間にする」「取引先を仲間にする」の6つに分け、FIDIAの社内で実際に回している仕組みとして解説していきます。
本書の核心 ― 「友達と起業するな」は本当か
通説への反論:仲間と始めたから、ここまで来られた
起業の世界には「友達と起業すると失敗する」という定番の忠告があります。仲が良いぶん、お金や役割でもめたときに関係ごと壊れる、というやつです。
著者はこれに真っ向から反対します。自分は幼なじみと会社を始め、役員にも幼稚園からの友人がいる。仲間と始めたからこそ、苦しい時期を越えられたという立場です。採用の基準も、驚くほどシンプルに「友達になれそうな人」。
最初は「それで会社が回るのか」と思いました。でも読み進めると、これは「仲良しで集まろう」という話ではないことがわかります。友達になれそうか、という基準の裏には、この人と長く一緒に走れるか、困ったときに本音で話せるかという見極めがある。スキルは育てられても、一緒に走りたいと思えるかどうかは後から変えにくい、という割り切りなんですよね。
自分メモ: 採用面接で、スキルや経歴の確認に時間を使いすぎていないか。AIで「できること」の差が縮むほど、「この人と一緒に考えたいか」の比重は上がっていくはず。面接の評価シートに、この観点を1行足してみたい。
優秀な人を口説くのは、お金より「役割」
ダイヤモンド・オンラインの連載でも紹介されていた話ですが、小さな会社がハイクラスの人材に来てもらうときのやり方が印象的でした。
ポイントは、待遇の高さで勝負しないこと。相手の今の会社の悪口は言わない。相手が不満をこぼしても、乗っからない。そのうえで、自社が魅力的な会社であること/でも弱点があること/その弱点をあなたに解決してほしいことの3つを正直に伝える。優秀な人ほど「自分がそこで戦力になれるか」を見ているので、人を動かすのは報酬より「入社後の役割」だ、というわけです。
弱点を隠さずに見せる、というのが効いています。完璧な会社に誘われても、自分の出番がない。弱点があって、そこを任せたいと言われるから、ワクワクする。これは採用に限らず、社内で誰かに仕事を頼むときにもそのまま使える考え方だと思いました。
叱るときも「関係」を壊さない
もう一つ、連載で語られていたのが、欠点を伝えるときの「サンドイッチ話法」です。最初に感謝と成果を伝え、次に直してほしい点を具体的な行動で伝え、最後にまた感謝で締める。
著者は、この話法が相手にバレても構わないと言います。「気を遣って伝えてくれた」と伝わること自体が信頼になるから。過去にコミュニケーション不足で優秀な社員が辞めてしまった経験があり、会社への不満の多くは話せば解消できた、という反省がその背景にあります。
自分メモ: 「話法がバレてもいい」という一言に唸った。テクニックは相手を操作するためではなく、自分の配慮を形にするためにある。1on1のフィードバックも、うまい言い回しより「あなたとの関係を大事にしている」が先に伝わっているかを点検したい。
本書の構成(全7章)
はじめに・第1章:芸人をやめて、ニートから起業するまで
NSC(吉本総合芸能学院)の18期生として芸人を目指し、若手の大会で決勝まで残ったものの、野性爆弾に大差で負けて心が折れる。そこから4年間のひきこもり生活。高校時代の友人やNSCの同期に励まされて動き出し、家電量販店の販売員を経て、2005年に幼なじみと小さな会社を立ち上げます。
ここは物語として読めるパートで、ビジネス書に慣れていない人でもすっと入れます。「どん底からの逆転」の話ですが、ひとりで這い上がった話ではなく、最初から最後まで誰かに引っ張られている話なのが、本書全体のテーマにつながっています。
第2〜3章:仲間を集める、仲間を見極める
第2章は「タネと水で仲間を集める」。人脈も資金もない立ち上げ期に、紹介をたどって仲間を増やしていくやり方です。第3章では、能力・情熱・人間性という観点から、一緒に働く相手を見極める考え方が語られます。前述の「友達になれそうな人」という基準も、この流れの中で出てきます。
第4〜5章:仲間を成長させる、絆を深める「しくみ」
個人的に一番読みごたえがあったのがここです。第4章では日報・月報や評価制度など、人を育てるための仕組み。第5章では社員総会や役員会、さらには社員の家族との関係まで含めて、絆を深めるための仕組みが紹介されます。
「仲間」というと情緒的な話に聞こえますが、著者がやっているのは関係づくりを、気合いではなく仕組みにすることです。年に500人規模で新卒を採る会社になっても「仲間」でいられるのは、たぶんこの仕組み化があるから。
第6〜7章:顧客を仲間にする、取引先を仲間にする
最後の2章で「仲間」の範囲が社外に広がります。第6章はレビューやインフルエンサーを生かして顧客を味方にするやり方、第7章は取引先と良い関係を築き、仲間にしていくための考え方です。社員・顧客・取引先を「仲間」という一つの言葉でつなげて見ているのが、この本の一貫したところです。
AI時代に読む『スタートアップ芸人』
「作る」がタダになるほど、「誰とやるか」が差になる
AIのおかげで、資料もコードも調べものも、「作る」コストはほとんどゼロに近づきました。ひとりでもかなりのことができる時代です。
でも、だからこそ逆に効いてくるのが、本書のいう仲間力だと思います。何を作るかを一緒に決める人、作ったものを売ってくれる人、使って声を返してくれる人。AIは作業を肩代わりしてくれても、一緒にリスクを取って走ってくれる仲間にはなってくれません。「作る」の価値が下がるほど、「誰とやるか」「誰に届けるか」の価値は相対的に上がっていく。本書を読みながら、ずっとそんなことを考えていました。
仲間づくりも「気合いより構造」
本書でいちばん刺さったのは、仲間との関係を日報・月報・評価制度・社員総会といった「しくみ」で支えているところです。
これは、自分がチームでAIを使うときに大事にしている考え方と同じです。AIにうまく任せられるかどうかは、判断の軸や前提を先に言葉にして渡せたかで決まる。人の勘や善意に頼る部分を、CLAUDE.mdやスキル、チームの基準として残しておくと、任せられる範囲が一気に広がる。
人を仲間にするのも、たぶん同じ構造なんですよね。「わかってくれるはず」に頼らず、何を大事にしているかを言葉にし、仕組みとして毎日回す。気合いで関係を保とうとすると、人数が増えたところで必ず崩れます。
自分メモ: AIに仕事を任せようとしたとき、一番手間だったのは、自分の頭の中にある判断基準を言葉にするところだった。人を仲間として迎えるときも、きっと同じ。「何のために、何を大事にしているか」を先に渡す。仲間づくりとAI活用は、思っていた以上に同じ仕事なのかもしれない。
AIは手段、仲間は目的に近い
AIもシステムも、あくまで手段です。何のために使うのかが決まっていないと、速くなるのは迷走だけ。
本書を読むと、著者にとって事業は「仲間と一緒に面白いことをやり続けるための器」に近いのだと感じます。化粧品・人材・広告・美容と、つながりの薄い事業がいくつも並んでいるのに、全部黒字で回っている。それは事業の選び方がうまいというより、任せられる仲間がいるところに事業が生まれているからなのかもしれません。
速くなるほど、ボトルネックは人の判断に集中していきます。そのとき「この判断なら任せられる」と思える仲間がどれだけいるか。それが、AI時代のチームの本当の生産性を決めるのだと思います。
こんな人におすすめ
- お金も人脈もないけれど、いつか起業したいと思っている人
- 友人や元同僚と一緒に事業を始めようか迷っている人
- 採用・育成・離職に悩んでいるマネージャーや経営者
- 小さなチームを大きくしていく段階で、「仕組み化」のヒントがほしい人
- 『エンジニアリング組織論への招待』や『ティール組織』を読んで、「人と人のあいだ」をどう設計するかに関心が向いた人
まとめ
『スタートアップ芸人』をひと言でいうなら、「才能がなくても、仲間は増やせる。そして仲間は、仕組みで守れる」という本です。
芸人・ニート・起業という派手な経歴に目が行きがちですが、本当に読むべきは後半の仕組みの部分でした。採用の基準、口説き方、叱り方、日報や社員総会。どれも大きな会社でなくても、明日から自分のチームで試せるものばかりです。
個人的には、AIで「作る」がどんどん安くなっていく今だからこそ、最後に残る経営資源は「一緒に走ってくれる人」なのだと、改めて確認させてもらった一冊でした。AIに任せる仕組みを整えるのと同じ熱量で、人と組むための仕組みも整えていきたいと思います。
なお、本の中の数字(年商・増収増益・採用人数など)は著者の会社が公表しているものです。成功の再現性というより、「人をどう巻き込むか」の考え方として読むのがおすすめです。
私が作っている本の紹介サイト「ブックリンカー」にも、この本の要点と「こんな人に」をまとめています。
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